「 娘と共に成長したこと~苦しみながらも歩んだ道のり~」
これから、私と現在21歳の娘とのかかわりの中で、心理学を通して共に成長してきたお話をします。
私は結婚して25年、中津川に住み始めて22年ほどになります。
家族は、同じ年の主人、現在、看護専門学校生の長女、高校二年生の次女と愛犬のイクラちゃんです。
私は下呂市出身で、主人は奈良県に実家がありますが、主人の仕事が転勤になっても通いやすいということもあり、良い条件の中古住宅があったので中津川に引っ越してから子どもたちが生まれました。
当時は、近所に同じ世代の子どもさんもいなくて相談相手もいなく、主人の仕事も遅かったので子どもたちが小さいときは、なんでこんなところに家を買っちゃったのだろうとか、猫の手も借りたいってこうゆうことか・・と思ったこともありました。
そして。長女が三歳の頃、縁があっておやこ劇場に入ってからは、いろんな世代のお母さんたちと交流することが増えてきて、悩みを出し合ったりしていたせいか、そこまで深く悩むこともなく過ごしていました。
その当時は仕事を控え気味にしていて、子どもの役や、クラブ活動の応援などで忙しくも楽しい日々を送っていました。
こんな私が心理学を学ぼうと思ったのは、長女のことがきっかけです。
中学までは勉強や部活、様々な活動に積極的で、学校が嫌なんて思ったこともなかったのに、高校一年の冬ごろから朝が起きられなくなりました。
勉強のことを考えたり制服を着ようとして学校に行く準備をしようとすると、腹痛や動悸、涙が出てきたり、何とか送って行こうとして学校の敷地まで入っても苦しくて車から降りられない、チャイム鳴っちゃったからやっぱり帰るって戻って行ってを繰り返しては結局欠席。
学校の駐車場に到着して、休み時間にみんながうろうろしているのを見ると「帰る」って家に戻ったり「私が遅れたことにみんなが気づかないように瞬間移動できたらいいのに」とか言うし、夜に「やっぱり学校に行けばよかった」と、とりとめのない一人反省会をしていました。
勉強しなきゃ、成績が心配、卒業ができないんじゃないか?と将来の不安への恐怖心と強い孤独感でずっと泣いていました。
学校を休みがちになったきっかけの一つは、眉毛を切りすぎちゃったという些細なことでした。
それを、周りの人に見られるのが嫌だと言って、私が見ても全く気にならないのに何でこんなに悩むの?とイライラしました。
それから小さいことで周りの目を気にして悩むことが多くありました。
本格的に困ってきたのは二年生になってからで欠席、遅刻が目立ち始めました。
勉強は頑張りたい気もちはあるけど、春休みの課題が終わらないと言って、毎回同じページをずっと開いていたり、5月にあった遠足の時も課題のことをずっと引きずっていて何かに追われているようでした。
人に聞いたり弱い部分を見せられない感じがあったから、人にわからないところも聞けなかったようです。
夜寝るのも遅くなるしお風呂もなかなか入らない、二時間ぐらい格闘して、その後勉強しなきゃって思ってもできないし、そうなると明日起きられないだろうなと、私は不安でたまりませんでした。
娘の様子を見て心配した主人が、「朝起きたら部屋を明るくすればいい」とか。「運動が足りないから疲れてなくて寝れないんじゃないか?」と対応の仕方をアドバイスしてくれましたが、その時の私は、娘のためにどんなことをしてあげたらいいのか、わかりませんでした。
学校の先生からも単位や進級の難しさ、長女が希望している看護師になることに心配する話もしてきました。
精神科も高校二年生の春から通院するようになりました。
そんな長女の楽しみは、部活の吹奏楽で、副部長の責任を背負いながらも楽しみ、進級して三年生の5月に行われる最後の定期演奏会に出るのが目標でした。
それに向けての練習は2年生のうちから活動があるので、授業日数を気にしながらも、何とか進級することができました。
子どもたちが小さかったころは、悩みがあっても、そんなに長く続かないだろうから・・と自分を励ましているうちに、いつも気づいたらその悩みはどこかに行ってしまっているような過ごし方をしていましたが、今回の長女のことは、私は一年近く毎日涙を流さない日はないくらいで、まさに、出口の見えないトンネル、でした。
そんな苦しい毎日に転機が訪れます。
ととのえ心理学との出会いです。
そのころ、同じ年の娘さんがいる幸さんに長女のことを話したら、とても親身になってくれ、ある日、ガストで話を聞いてもらっていた時に「心理学を習っている」と聞いたのです。心理と言ったら心理テストのイメージしかなかったのでその時は「ふーん」って感じでしたが、カフェたからばこができたばかりだったので、平日の昼間に幸さんがランチに誘ってくれたのです。
バリバリ仕事をしていて忙しいイメージの幸さんが、私のために誘ってくれて、とてもうれしかったのを覚えています。
奈美さんとの出会いもそのランチの時で、幸さんのイメージが明るくなっているのを奈美さんが別人かと思ってびっくりしていたので、心理学ってすごい力があるのかなって思いました。
長女は奈美さんのカウンセリングを定期的に受けるようになりました。
奈美さんと二人でいろんなことを話していたようですが、一番効果的だったのは、ノート療法です。
一日を振り返って、良かったことと、嫌だったことをほんとに些細なことでいいから三つずつ書くというものですが、一番最初は良かったことなんて一つもないって言ってて、悪いことしか浮かんでこなかったようです。
例えば、良いことだったら「朝から学校に行けた」や「いろんな人としゃべった」悪かったことは「スマホをみすぎた」や「勉強ができなかった」など日常の身近なことを箇条書きに書きます。
それを繰り返すうちにだんだん良かったことも書けるようになってきました。
娘との会話の中で、嫌なことがあった話をしていると「じゃあノートに書いたらいいよ」っていうと「そうかー」って気持ちが落ち着くときがありました。
結局書かないんだけど、「ノートがある」ってだけでも不思議と気持ちが楽になるのです。
また、長女は、HSP気質です。
HSPとは、ハイリーセンシティブパーソンの略で、周囲の感情や刺激に極めて敏感で、繊細な感受性をもつ生まれつきの気質のことを言います。
通称、繊細さん、とも言われています。
病気や障害ではありません。
それによって疲れやすい傾向があるのでマイナスのように見える反面、些細な変化や他人の感情を察する気配り上手で誠実に物事に取り組むという良いところもあります。
そんな長女だからこそ、ノートに書いて感情を整理するノート療法は合っているなと思います。
私はあんまり深く考えず、新しい縁があるといいなと思うくらいで、長女が高校二年生の冬に、気軽に実践心理学講座を始めました。
講座を受けているとたくさんの気づきがありました。
第一回の講座で自己紹介をした時に、皆さん、若い参加者の方が、既にいろいろ学ばれていてスキルアップしたいと言っていたり、専門用語が飛び交っていたり、私は場違いか?と思いましたが、講座の中で交流していろいろ話してみると、親しみやすく、みんな同じような悩みを抱えているんだと気が付きました。
講座を受けるとちょっとずつでも「すっきりしたなーと」楽になって持ち帰ることができてたので、いろんなことがあって悩みながら暮らしていても、次の講座が近づいてくると「たからばこが不足してきたわー」が私の心のささやきでした。
勉強していくうちに気づいたのは、ちょっとした言葉の使い方で随分変わるんだ、ということです。
相手の気持ちや意見を認める、大切さです。
特に主人には、なにか言われると、すぐ主人を否定していたと気づきました。
「疲れているなら外食にしようよ」と言われているのに「作るわ」って反抗したり子どもたちのために提案していることに口を挟んだりして、主人の話に耳を傾けて受け入れることもできない時もありました。
また他にも、心理学で勉強した「そ段活用」は、無視するのではなく、会話の中でこれを使うことで相手は自分を認めてくれているんだと安心します。
「そうか、そうかー」などと話しているうちに、頭の中でその次に話すことを考えることができるので、言葉の引き出しが増えたし、私ってこんなに話せた?と思うようになりました。
また、自分で考えて自分で決めて行動する、という言葉も私は大事にしています。
心理学の学びやカウンセリングを続けているうちに長女は、クラスの環境が変わって、三年生になってから少しずつ元気になってきました。
それまでは、高校まで25分ほどで歩いて行けるのに、授業に少しでも出れるように車で送って行ってましたが、三年生からは遅れても自分が出れる時間に自分で決めて、気候を感じたり景色を楽しみながら歩いていく日も増えました。
今日は無理って思ったら早めに切り替えて休む、そうすれば後悔も少なくなります。
講座のなかで、自分の意見や、あったことを話したときに、当時講師だったみさちゃんが、「すごいね、娘さんも元気になってきたし、いっちゃんも前向きになってきたね」って言ってくれて、私にはそこまで実感がありませんでしたが、生活のちょっとしたところで、心理学の効果かな?と思うところも増えてきました。
そして、高校三年生の秋のことです。私と長女、家族がもっと上手く回りだす出来事がありました。
心配で世話を焼きすぎる私に、ある日突然、私にかまわないでと訴えてきたのです。それは、寒くなってきたし持っていたパジャマが薄くなっていたので、寒いと寝つきが悪くなると困るな、と、睡眠のことを第一に買い物ついでに頼んでもないのに新しいパジャマを買い与えたのです。
喜んでくれるかと思ったら、勝手に買ってこないでと怒ってきました。同じころ、ああゆうときはこうするといいよねなど、私は長女にアドバイスしていたつもりでも、まるで水を差すように分析したようなことを長いLINEで伝えていました。
長女に「文字だと直に来るから余計にえらくなる」、「お母さんの愛が重い」と言われました。
自分の気持ちをはっきりと言って長女は成長してるのに、私の接し方はそのまんまだったんです。
そして。なぜかその日を皮切りに、犬のいくらちゃんが、今まではスプーンでご飯をちょっとずつ食べさせないと食べなかったのに、「どうぞ」というと自分から全部食べるようになったのです。
いくらちゃんは、長女が起きられないとずっとそばでくっついていてくれました。
なにか感じ取っていたのかもしれません。
私も楽になって、何かがいい感じに回ってる?と感じましたし、ちょうど受験生真っ只中だったから、進学を希望している学校に行くには親元から離れる必要があることに、この選択はお互いにとってもいい風が吹く、と思うようになりました。
高校三年生の夏に、なんと長女に彼氏もできて、放課後に一緒に勉強したり、学校の行事を楽しんだりして、高校最後の大変な受験生の生活をほんのり華やかに、楽しく過ごすことができました。
そして無事に高校を卒業して、看護専門学校に入学することができ、学校の寮に入って一人暮らしが始まりました。
部屋は個室だけど寮という集団でくらす生活、専門的な学習、友達との関り、健康面や体力面の心配、楽しいことや辛いこと、心と体のバランスが取れなくて悩むこともありますが、将来の夢に向かって頑張っています。
日常生活の中で、ちょっとしたことをLINEで報告してきたり、夜になると毎晩電話で話をしていました。
でも、誰かと繋がっていたいのかな、寂しくてなかなか切らせてもらえない時もあって、私自身のことが進まなくて困るときもあります。
親離れしてほしいなと思いながらも、実は、私も長女のことが気になって仕方がない気持ちの時があります。
心理学を学ぶ中で、高校生の時に「お母さんの愛が重い」と言われたことを思いだし、講座のなかで奈美さんとカウンセリングしたときに、その関係性は「共依存」であることが分かりました。
共依存とは、特定の相手に過度に依存し、相手に必要とされることで自分の存在価値を見出し、自分の生活を犠牲にしてまで相手の世話を焼いてしまう人間関係のことです。
そして私は思いだしました、先ほど話した、娘に黙ってパジャマを買ってきたときのことを。実は、あの時私は自分の服を買うつもりで買い物に行ったのに、予算の関係で、長女のパジャマを優先してしまったのです。
今思えば、何を勘違いしてたんだろうと情けなくなります。
それに気が付いてからは、長女の行動を否定しないようにしたり、私の感情を押し付けず、「あなたはどう思うの?」「どうしたい?」と話すように気を付けました。
いろいろ思いだしてきて、娘が学校や勉強に追い詰められているときに、私が長女の肩を触ると、おびえたようにびくってなることがあったのですが、気になるテレビの映像や、主人の反応には急にケロっと一瞬いつもの明るい長女になったり、なんで?って思うことがありました。
私の接し方原因だったのかなあと、気づきもありました。
長女と電話していて切るときに、私は、また何かあったら今度はLINEしてねと、お互いの自分の時間を確保するようにしたりLINEの長文をやめたりなど工夫をしました。
そして日常生活の中で、長女は、会話の中で「お母さんと話したらすっきりしてきた」って気持ちが楽になってきたり、悩みがあってボロボロに泣いて話して、明日行けるのかなあと心配になったとしても、私と話してスッキリしてその後掃除や片付け、勉強までして翌日普通に学校に行ったという日もあります。
私はこれがカウンセラーの役割なのかなと感じました。
奈美さんにも「いっちゃん、それは、カウンセリングだね」と言われました。
それならば、私ができる事はしてあげたいなと感じました。
長女は、今までの生活を振り返って、私はああゆう風になってよかったと言っています。
こうゆうことになったから人って誰でも心と体のバランスって崩れるんやっていうことも分かったと言っていました。
でも、またこれからも自分にはこうゆうことがあるんやって言ってて、困った人とか悩んでいる人に寄り添えるんやねって言っていました。
娘に、どうしてそんな風に思ったの?ときいたら、自分の心と向き合って心が近くなったと言っていました。
今までは、周りの人もあまり自分の心を出すことがないから、自分にはあまり関係のないことだと思っていたけど、自分がえらくなったことによって、それは誰にでもあることだし、心との距離が近くなったと感じたからです。
そして、長女は私が心理学を勉強していることを応援してくれていて、「お母さん、明るくなって変わったね」「話し方が上手になった」と言ってくれました。
私が考えながらも長女に話していることで、長女自身が「自分がいい方向に変化してきている」ということが実感できているのかなと、私は嬉しく感じます。
時には、暴走してしまったり伝え方間違っちゃったかな?という時もあるけど、立ち止まって振り返るきっかけを、心理学から学びました。
主人からも、悩んで落ち込んでいる娘と電話をしていた私の会話を隣の部屋で聞いていて「お母さん、上手に話してたな」と言われたことがあり「よっしゃー」って、うれしい気持ちでいっぱいでした。私、変わりました!
私は、一番最初に実践心理学講座から始まり、インナーチャイルドセラピー講座、カウンセラー養成講座、実践心理学講座上級コース、交流分析、と様々な角度から心理学の講座を受講しています。その都度、いろんな受講生の皆さんと交流しながら学び、とても楽しい時間です。
気づいたことは、「日常生活の中には心理学があふれているんだ」ということです。今までうまくいかなかったことには理由があったんだ、とか、ちょっとしたことで生き方が楽になるヒントを、心理学で学ぶ事ができます。
家族とのかかわり方だけではなく、友人や職場関係などの人との関りや、自分って何だろう・・・って考えてみたり、視野も広くなります。
私の発表が、生き渋りや不登校で悩んでいる人が、心理学のことを身近に感じてくれればいいなと思っています。私が心理学で手に入れたものは、自分自身を大事にすることの大切さ、です。娘が進学し離れて暮らすようになってから、パートも始めて、健康のために定期的にジムも行くようになりました。
子育てばっかりだったのが、違うことに目を向けられるようになり、今のほうが充実していると感じています。
毎年新年のあいさつで、友達と、今年は会いたいねーって言い続けていた友達に、昨年の年末に、八年ぶりに4人で名古屋に集まって、ランチやケーキをお腹いっぱいに食べてしゃべって過ごしました。
家族が、楽しんできてねって見送ってくれたことに感謝しています。任せることの大切さを学びました。
心理学を勉強していなかったら、私は何もかも否定的になっていたと思うし、主人との関係も、溝が深まっていたと思います。
子どもたちのことも、自分の手のひらの中でころがすような、支配下においた育て方を続けていたと、私は想像します。次女にも何かしら影響が出ていたかもしれません。
心理学を通して、難しく考えているわけではないけど、こんな風に対応していたらどうかな?と考えながら、やってみると、予想以上に良い流れに変わっていく、ということが積み重なって自分に自信がついてきました。
いろんなことに目を向けられるようになり、力を抜いて生活ができるようになった私の話でした。
以上、娘と共に成長したこと、苦しみながらも歩んだ道のり、というお話でした。
と、ここで終わる予定でしたが、実は今年の二月に、長女が学校の休学を決めて、中津川に帰ってきて、一緒に住んでいます。
長女は、前向きな休学、だと、自分探しの旅をする期間だと言っています。
次女は、長女がいるから、女子トークも弾んで、家の中も明るくなっています。
私自身も、娘の休学をネガディブに受け止めるのではなく、「この思いがけない家族4人の生活を楽しんでいきたい」ととらえるようになったのも、大きな成長です。
ご清聴ありがとうございました。


