「 息子の自殺未遂と心理学を通して気づいた親子の絆の作り方」
皆さんこんにちは。
今日は「息子の自殺未遂と心理学を通して子供の本当の気持ちを知ることができ、私がかけた愛情と息子がほしかった愛情が違っていた、つまり愛情のかけちがいだったことに気づいて改めて親子の絆を作り直すことができた」というお話をさせていただきます。
まず、初めに私の自己紹介をさせていただきます。
私は鈴鹿サーキットで有名な鈴鹿市に住んでいるM.Sと申します。
よろしくお願いいたします。
家族は夫と息子が二人います。
息子は二人とも独立していて現在夫と二人暮らしです。
事情があって会えない孫が4人、時々会える孫がひとりいます。
☆私について
私は両親と姉2人の平凡な家庭で何不自由なく育ちました。
三女という事で、一番甘やかされて育ったのでとてもわがままだったと思います。
夫とは18歳の時に出会い20歳で結婚しました。
姉二人も嫁いでいたので両親としては、私に養子に来てくれる人をと願っていましたが、夫は長男ということもあり、私も早く家を出たかったのでお嫁に行きました。
22歳で長男を授かり年子で次男を授かりました。
その頃は決して早い結婚でもなく出産でもなかったと思います。
自分なりに一生懸命子育てをしてきたつもりでしたが振り返るとこれでよかったのだろうか?と思うことがたくさんあります。
☆長男の非行
長男が中学3年の頃から非行が始まり夜中の公園で友達とお酒を飲んで補導されることが何度もあったり、突然授業中に家に帰宅したりしたことがありました。
長男は、中1の時から無遅刻、無欠席だったのでどうして急にこんな事になるのかと本当に戸惑いました。
その時に何があったのかたずねると「先生や親はすごいと思ってきたけどそうじゃなかった。」
「みんな心の中で思っていることと口で言うことは違う」とだけ言いました。
今日は帰ってきたけど明日はきっと学校に行くだろうと思っていましたが
その日から息子は不登校になりました。
私は、その時、長男に深く話を聞いてあげることもできず、ただ自分の思いだけでなんとか高校だけは行ってほしいと願いました。
そのために朝から行けたら6000円、2限目から行けたら5000円
3限目からならと1000円ずつ下げながらお金で息子の心を動かそうとしていた最低の母親でした。
それでも息子は、その条件につられることは有りませんでした。
私は、どうしてみんなができてることができないのかと息子の気持ちより自分がどう見られるか、夫の両親にも何か言われるのではないかと自分の体裁ばかり考えていました。
これも愛情のかけ違いなのです。
私は息子の将来のために学校に行くようにするのが愛情だと思いました。
息子は、自分の気持ちを理解して受け入れてほしかったのだと思います。
それでも私は息子の高校進学をあきらめられず、受験のために塾にと思い先生のお宅に行く形の家庭教師を当時中1の次男と一緒にお願いすることになり、何回かは行ったのですが、もう行かないと言い出し次男だけがそのまま通うこととなりました。
とりあえず高校受験だけでもして!と言い続けなんとか合格し、これで頑張ってくれたらと願いましたがやはり5月頃から不登校となり翌年の1月に退学することになりました。
それからは近くの工場で働き、しばらくすると退職し、何もしない期間、そしてまたちがうところで働いてはまた辞めるそんなことを繰り返して過ごしていました。
それとは反対に次男は勉強に目覚め近くの進学校に合格し、行きたい大学に行くため一生懸命勉強をして国立大学を卒業し関東で就職をしました。
次男は反抗期もなく長男に対しても「いつか良くなるよ」と私をよく慰めてくれました。
私は、二人の息子を比べて育てたつもりはなかったのですが、どうしてこんなに真逆なのだろうかと思っていました。
後でわかったことですが、長男はストレスを弟にぶつけていたようで、よくいじめていたことがあったらしく私はそのことに全く気づいていませんでした。
きっと長男は自分と弟を比べて弟のほうが、かわいがられていると思っていたように感じます。
私は、そんな長男の姿を見ながらだんだんと勉強なんかできなくてもいい、生きていてくれてたらもうそれでいいと思うようになっていきました。
☆ある日の事件
ある日、夜中に警察から長男が他人のバイクの部品を盗んだので警察に迎えに来てほしいと電話があり、夫に一緒に行ってほしいと言いましたが、夫は行かんと言い一人で迎えにいったことがありました。
夫のあまりにも子供に対しての無関心さに本当に悲しくなりました。
あとからどうして一緒に行ってくれなかったのかと聞いたら「二人も行く必要ないと思った」と言われました。
よく子供が悪いことをするのは親への愛情確認がしたいからだということを聞いたことがあります。
私は私なりに子供たちを愛してると思っていましたが父親からの愛情確認も欲しかったのだと思います。
息子は、私達夫婦の関係を変えるためのトリックスターだったのだと思います。
トリックスターとは、ユング心理学において秩序を壊して混乱をもたらす一方で、新しい変化ときっかけを作る変革者のような存在で、この家族は変わらなければならないという事を自分の身を呈して教えてくれる大切な存在と学びました。
長男は自分の中にある衝動的なわがままな部分を出して親に何かを訴えていたのだと思います。
まさしくカウンセラー養成講座7にでてくる機能不全家族そのものだったと思います。
その時は全くそんなことは理解できず長男の反発に対して長男の気持ちより自分の気持ちばかり優先していました。
今、考えるともっと時間をとって向き合って、気持ちを理解したうえで、どうしたい?と聞いてあげればよかったと思っています。
☆長男の結婚1
私は長男が20歳になったと同時に全く何も言わないようにしました。
20歳からは自分の責任で生きていってほしいと思ったからです。
長男はその頃からきちんと就職をするには、やはり中卒では難しいと気づいたようで定時制高校に通うようになりましたが、仕事の関係で夕方5時までに高校に行くのは難しくなり高卒認定試験を受け合格しました。
その後、順調に仕事をし、結婚したいと女性を連れてきました。
二歳年上の方でしたが私には娘がいなかったので娘ができたみたいでうれしく
長男には、ちょっとひっぱっていってくれるぐらいの人がちょうどいいのかな
と思っていました。
孫も生まれ、本当に私も安心していたのですが、息子は職場から出向となり生活のためのダブルワーク、ストレスで仕事に行けなくなり私達夫婦と同居することになりました。
孫も増え、一緒に出かけたり、毎日本当に楽しく過ごしていました。
特に2番目の孫の出産には立ち会うことができ本当に嬉しかったです。
私をおばあちゃんにしてくれてほんとにありがとうという思いでいっぱいの反面、同居によってだんだん自分の時間がなくなっていくことに不満を感じてくるようになってきました。
その頃、主人は海外赴任だったので長男家庭と私の生活が5年ほど過ぎたころ私の職場の環境が変わりだんだん私のストレスがたまってきました。
家に帰ってもわがもの顔でリビングを占領している長男家族にこの家は一体誰の家なのか、どうして私が遠慮して生活をしないといけないのかと疲れがどんどんたまっていく中で、もうそろそろ自分たちで自立した生活をしてほしいと思い、家を出て行ってほしいと伝えました。
その頃、長男は新しい職場でのパワハラで休職していて精神的に不安定だったと思います。
そんな中での私から出て行ってほしいと言われたことでさらに追い詰めてしまい夫婦喧嘩の結果、奥さんへ激しく暴言を吐いたようで奥さんが警察を呼び私が家に帰ると家の前にパトカーが数台停まっていました。
話し合いもろくにできない状況で私も長男の味方になってあげられなかったこと今も後悔しています。
息子はショックでたまっていた精神科の薬を一気に全部飲み自殺未遂を起こしました。
「どの薬がどのように出るかわかりません」と医者から言われICUで1晩過ごしましたが、なんとか無事に退院することができ、しばらく心療内科に入院することとなりました。
私も夫が不在の中、一人で仕事と家庭の問題で精神的に追い込まれ結局何もしてあげられず、病院に行ってひたすら話を聞いてあげることしかできませんでした。
かわいい孫との突然の別れ、私が望んでいたのは長男家族が笑顔で幸せに暮らしてほしかった。それだけだったのにと何度も何度も自分を責めました。
その時も夫がいてくれたらと心から思いました。
自分もこのままうつになるかもと思いながらも息子を守り、支えなければ
と思いながら立ち直るのを待ちました。
☆ととのえ心理学との出会い
その頃、私は小さな店舗で店長としてお店を任されていました。
仕入れから販売、経理の一部、お水の器械も扱っていたのでたくさんのお客様のお宅にカートリッジの交換にも行かせていただいていました。
お店のレイアウト、企画、プレゼントのラッピングなどどうしたらお客様が喜んでくれるだろうか?
パワーストーンも扱っていたので悩みを抱えて来店されたお客様に笑顔で帰っていただきたい。そんな思いで仕事をしていました。
ある時、社長の娘さんがお店を手伝いに来てくれることになり私は短期間のアルバイトと思っていたのですが、商品の事や仕入れの事いろいろと伝えていく中、いつの間にか立場が逆転して娘さんは副社長のような位置に変わっていきました。
副社長は利益中心の考えで私の考えとは異なり、私の理想とは離れていきました。
私は接客が好きで接客には向いていたかなと思いますが経営には向いてなかったのだと思います。
私も任されている以上、絶対にお店をつぶすわけにはいかない、
でもお客様に喜んでもらえるお店でありたい。
そう思い続けてきましたが、もう私の思うようにはできなくなっていきました。
今、思うとサービスし過ぎだったのだと思いますが、例えば来ていただいたお客様にはコーヒーと少しのお菓子を無料で提供していました。
そのコーヒーを無料ではなくカフェにしてお金をいただけたらお店もうるおうのではないかという事になりカフェも始めることになりました。
私はコーヒーだけのつもりでしたが娘さんは、どんどんメニューを増やしていき、それをこなすためには全部できるようにならないといけません。
私も年齢的に老眼と近眼で遠くは眼鏡、近くは裸眼じゃないと見づらく牛乳50mlに大さじ何杯でと本当に大変でした。
なかなか全部できない私をみて「努力しとるように思えやん!材料買って家で練習したらどうなん!」と言われたり、とても落ち込みました。
出来ないことを責められることが増えて精神的にもう行きたくない、明日は何を言われるのだろうと心が壊れそうでした。
そんな中、なぜこの子は、こんな言い方をするのだろうか?
なぜこんなふうに考えるのだろうか?
幼少期をどうやって過ごし、どんなふうに親の影響をうけて育ったのだろうか?その心理を知りたいと思うようになりました。
しかし、どこで心理学を学べばいいのか悩み通信講座ではいまいち踏み切れずいろいろと探していた時に鈴鹿の情報誌でととのえ心理学を見つけました。
何かピンとくるものを感じ連絡して初めてなみ先生にお会いしてすぐに受講を申し込みました。
心理学を学び始め、今までは自分の気持ちを押し殺していた私で、言いたいことがあっても言わないようにすることが大人の対応だと思っていました。
心理学を学んで、そうではなく言わないといけない時もある。
きちんと気持ちを伝えないと相手には伝わらないんだと思いました。
そして、私は母親のような立場でこの子は娘だからきちんと思いを伝えようと思い、だんだんと2人をふさいでいる壁が崩れていきました。
娘さんは、「私の家族は、親とか子供とか関係なく何でも言いたいことは言う、だからMちゃんも言いたいことがあるなら言ったらいいやん」と言われ心の中では、それでも言ってもいいことと言ったらあかんことがあるやろ!と思いつつ「それなら言わしてもらうけど」と言うようになりました。
そしてお互いに思いを伝えることができるようになり、時にはけんかもし、言いたいことを言い合える仲になり、一緒にライブに行くぐらい仲良くなることができました。
☆これからの生き方
その頃からなんか私の人生これでいいのだろうか?
このまま、ここで働いていて人生終わるの嫌だな。
なにか自分が生きた証のような、これを成した!みたいなものをつくって死ぬときに『あー私の人生本当に楽しかった、幸せだった』と思えるような生き方をしたいなと思うようになり退職しようと決意しました。
辞めるまでに絶対カフェのメニューを完璧にできるようになってから辞めたる!と思いました。
できなかったことができるようになる、知らなかったことを知ることができる
それは本当に大切な私の財産となりました。
☆長男の結婚2
長男もつらい期間を乗り越え何か次の目標を持つことができたのか勉強を始め様々な資格を取り始めました。
仕事にも行けるようになり職場の近くのアパートで独り暮らしを始めました。
3年ほどが過ぎた頃、『結婚した、そして家も買った』と連絡があり、
え?事後報告?どんな人?と不安になりましたが、もう30代後半なのだから本人が決めたことに口出しできないなと思いました。
相手の人は精神的に不安定なとこがあると聞いて少し心配になり、よくけんかをするらしくもう無理かもと電話がかかってきたこともありました。
それでも奥さんが妊娠していることもありこれから3人で仲良くやっていってほしいと願っていましたが、子供が生まれ3か月の頃、息子が仕事から帰ると奥さんが子供を連れていなくなり荷物もなくなっていると連絡がきたのです。
携帯電話も切られ連絡することもできず奥さんの実家に行っても追い返され警察に行って保護されたと聞かされました。
息子のDVが原因のようでした。
喧嘩の中でお互いにやったやられたということがあったとは思いますが一方の話だけでこちらが加害者になることに納得できませんでした。
息子はショックでまた死にたいと言うようになりました。
目が離せない中、息子の家に泊まり毎日過ごしました。
ある夜、私は息子が落ち込んでいるにもかかわらず「なんともできやんのやで仕方ないやん」と言ってしまいその言葉に息子が怒り家を飛び出していってしまいました。
私は、あーもう生きて帰ってこないかもしれないと思い警察に行方不明届を出しました。
どうして私はこんなふうにしてしまうのだろうかとまた自分を責めました。
しばらくして帰ってきた息子を見てあー無事に帰ってきてくれた、よかったと思いつつ警察に電話したことを伝えると「なんでそんなことすんの!」とまた責められましたが、ごめんね、心配だったからと謝りました。
少しずつ冷静になっていく息子を見ながら私は、もう一度子育てをやり直そう。
小さいとき一緒にいてあげれなかった寂しさをうめてあげたいと思い話を聞いて共感してあげて一緒に過ごす時間を持ちました。
それでもまだ人生に希望が持てなくなっている息子をみているのは不安で講座が終わってからなみ先生に相談しました。
なみ先生は一度会えたらと言ってくださり息子と一緒にたからばこに行きカウンセリングをしていただきました。
その時、息子は特に気持ちは変わらないけど最後にハグしてくれた、親にしてほしかったことをあの人がしてくれたと言いました。
あーほんとに息子は愛情が欲しかったんだ。
無条件で自分を愛してほしかったんだ
ごめんね、私が抱きしめてあげればよかったと。
そのことをなみ先生に話したときにいつかそうしてあげられる日が来るよと
言っていただき心が軽くなりました。
ととのえ心理学に出会えたことで長男もなみ先生のカウンセリングをうけることができ親子の絆を強くすることができたこと本当に感謝しています。
☆夫の性格
もう一つととのえ心理学を学んでわかったことがあります。
それは夫と上手くやれるようになったことです。
先にお伝えしたように私の夫は子供が警察に捕まっても二人もいらないからと断ってしまうような夫です。
夫は思ったことをすぐに口に出すので、その都度私の心は傷つき、しかも今日言ったことを次の日には覚えてなかったり全然違うことを言ったりするところがあるので振り回されることが多くてとても不快でした。
それで性格診断をしてみようと思いました。
性格診断とは60項目の質問に答えることで6つの自我状態とその特徴を分析してくれるものです。
そうしたらなんとNPが一番低くFCが一番高い。
しかもNPの中の優しさは0でした。
つまり愉快な人だけど自分優先で思いやりがなく、コミュニケーションをとろうとしない人だとわかりました。
決して優しさが全くないわけではないのですが、この結果をみて幼少期は
どんなふうに育てられてきたのだろうかと興味を持ちました。
夫の父親は大工で母親もその手伝いをしていました。
食卓に並ぶ食事は父親だけ特別にちがうものがあり、見るからに差があったそうです。
同居のおばあちゃんと母親は嫁姑の関係が悪く父親はいつもイライラしてよく怒り、弟と一緒にいつも叩かれるそんな家族だったそうで私の家族とは真逆でした。
夫はおばあちゃんに可愛がられていたので母親の愛情が薄かったと感じていたのかもわかりません。
そんな中で育ってきても自分の子供には暴力をふるうこともなく怒鳴ったりすることもなく、どちらかというと無関心にみえるような感じで家族というよりひとりの人間として一緒に暮らしている、そんな家族で何か物足りなさをいつも感じていました。
あと一番高いのがFC これを見たときにあーやっぱりなーと思いました。
その時その時を楽しんで生きているからです。
私は旅行に行くときは、どこのホテルに泊まるか決めて下調べをして計画をたてて楽しみたいタイプなんですが、夫は行き当たりばったり、最悪ホテルがとれなかったら車中泊でいいやんというタイプです。
何年か前にも南に向かって行けるところまで道の駅に寄りながら行こうと出発したのですが、もちろんホテルは予約してないので当日の電話です。
暗くて古くて、ここ営業してる?というようなホテルで夕食は外で食べてきてください、もちろん朝食もでない、部屋のお風呂のお湯もでないそんなホテルでした。
私はホテルの食事を楽しみたいタイプなのでがっかりでした。
性格ってこんなにちがうんだなぁ~でも私に合わせるのも何かちがうのかな?
夫婦でも他人、何十年一緒にやっていくのはお互いを理解しあえないと難しいなと思いました。
結婚して夫の言葉に傷ついては枕を濡らしてきましたが(笑)この人の言葉は聞き流そう。
今はこう思ってるからこう言ってるけど明日はきっと変わるからいちいち落ち込んでても仕方がない。
それからは口ではそうなんやーと言いながら今はそう思ってるんやなと受け流すようになったら本当に楽になりました。
そんな夫なので仕事も楽しんでできる人で、責任感が強くよく働いてくれます。
そんな性格がうらやましく私もそんなふうに生きれたら楽だろうな~と思ったこともありました。
今までは夫の言うことにあまり反発することはなかったのですが心理学を学んで性格を知ることで自分の心も楽になり、伝えたいこともちゃんと伝えることができるようになりコミュニケーションがうまくできるようになりました。
交流分析も学べてほんとうによかったです。
ととのえ心理学の勉強をもっと早く学べていたらもっとちがう子育てができていたかもわかりません。
若いママさんに学んでもらえたら社会は希望ある未来になると思います。
でも何歳でもまだ間に合うと思います。
私は心理学を学んで性格はどうやって作られるのか言葉の奥にどんな思いがあるのかを教えていただきました。
一家にひとりカウンセラー、そして私の体験がだれかを勇気づけることができたら、つらかったこと、苦しかったこと無駄なことはひとつもないと思います。
心が軽くなり、明るく楽しい人生を生きるためにこの講座をたくさんの方に学んでもらいたいと願っています。
そしてこれからの人生、たくさんの人を明るく元気にしてあげられる/
そんな仕事ができたらいいなと思っています。
長男の件はまだまだ時間がかかると思いますが、息子を支えながら私は私の人生を楽しく生きていきます。
最後までご清聴いただきありがとうございました。


