心理カウンセラー認定試験(第6期) 受講者の発表1

「他の人にだけ優しかった私が自分に優しくなれるまで」


皆さん、こんにちは。二野宮と申します。今日は娘からもらった名言「ママは私に自分を大事にしてって言うけど、ママは自分を大事にしていない。私はママが大好きだから、ママも自分を大事にして欲しい。」という言葉から気づかされたエピソードを、「他の人にだけ優しかった私が自分に優しくなれるまで」というタイトルでお話しさせていただきます。

自己紹介

最初に自己紹介から。私は現在40歳、中1と小3の可愛い娘がいます。出身は関東ですが結婚を機に三重県へ引っ越し、両親や友達は遠方のまま、夫と2人で仕事と育児と家事をがんばってきました。その中1の娘が小5の時に不登校になった時の話が主な内容になります。


私は、子供の頃から真面目で我慢強く優しい性格で、辛いことも自分で乗り越えてきました。そのため前向きに生きることには自信がありましたし、弱音を吐くこともほとんどなく生きてきました。
1人目の育児のときに子育てには色々と知識が必要だと感じて、育児関係の講演会を渡り歩き、さらに通信講座でチャイルドカウンセラーの資格を取得して子供の気持ちに寄り添いながら子育てをしてきました。
ところが、そんな私も、4年ほど前にある悩み事を抱えました。

それは、仕事の業務量が多すぎて自分自身が疲弊してしまい、子育てに向き合えなくなるという事でした。

そのときは時短勤務で働いていたのですが、仕事が大量で忙しくて、時短勤務にも関わらず、毎日のように残業をしていました。残業はしたくないからと、ついにはお昼時間まで仕事に割くようになり、せっかく任されたのだから、きっと今だけだから、この山を越えるまで耐えればいいから、私が助けてみんなが助かるなら、と言い聞かせながら、たくさんの仕事を抱え込み毎日へとへとで、忙しさを考慮されないまま割り当てられる仕事にうんざりしていました。

当時は忙しいけどなんとかできる、という感覚だったのですが、今思うと完全にキャパオーバー状態でした。


子供と過ごす時間も仕事のことが頭から抜けず、話しかけられても落ち着いた返答ができなくて、イライラした言葉で返してしまうこともありました。普段なら可愛いなと思える子供の歌声もうるさいなと感じてしまうし、お仕事終わるのまだ?って話しかけられるとちょっと待ってって言ってるでしょう!と声を荒らげてしまったりしていました。


でもふと我に返り、すぐにダメダメ、こんな対応をしてはいけない、八つ当たりをしたら子供がかわいそうだし、そのような対応が良くないのは知ってるはずでしょ、だからぐっとこらえなきゃ。と思い直して、もやもやした気持ちを押し込めて我慢して、無理やりの笑顔で対応していました。

子供達は母である私のことが大好きなので私の取り合いでよくケンカもしていました。それも、どうにかできる知識があるのに子供達をコントロール出来ない自分がいけないのだと考えていました。そんな毎日、何も楽しくありませんでした。
私は自問自答します。「私は子供とこんなに楽しくない時間を過ごすために働いているんじゃない。今後もずっとこんなふうにイライラやもやもやを抱えながら、それでも子供の前では気持ちを抑えて耐えて働き続けたくはない。仕事、やめてもいいかな、、、?」
でもすぐに自分自身から答えが出るのです。

「何言ってるの?子供のためにもお金が必要じゃないの。

効率よくお金を手に入れるには今までの知識と経験が活かせる今の会社で働き続けるしかないでしょ。大切な子供のために、私が我慢をしないと。

私は働き続けるしかないんだよ。」と。


やはり今のまま働き続けるしかない、という結論にたどり着きます。

これからも、きっと耐え続けるだけの苦しい人生しかないんだ、でも子供のために、そう言い聞かせていました。そしてふと、思い至ります。


私は別に特別でも何でもない、一般的な母親です。

私の娘たちもいずれ一般的な母親になるのなら、同じく私のように苦しみながら生きるのだろうか、、?と。
このとき、まさに絶望を感じました。

私のつまらない人生も嫌だけど、それよりも娘が幸せになれないのはもっと嫌。幸せになるためには自分のやりたいことをやれて、でも生活に困らないほどのお金を得ないと幸せになれないのではないか。


だからといって今からやりたい仕事をゼロから始めても収入は期待できないし、、。

そして私はこう決心します。私が幸せに生きることはもう無理だけど子供達だけはこの先幸せになってほしい、そう思って、自分はやりたくない仕事を無理に続けよう、私が我慢して耐えよう。

みなさんにもこのように感じた経験があるのではないでしょうか?
でもこの時はこれが大きな問題だとは思っていませんでした。

そのような状況で過ごしていると当時小学5年生だった娘の体調が悪くなりました。


最初は早退が続いているだけでしたが数日後にはお腹が痛い、気持ちが悪い、頭が痛いと言って朝から学校に行けなくなりました。

何か行きたくなくなるほど嫌なことが学校にあるのかと聞いても「別にない」と言います。原因不明です。
成長期なので身体に何か問題があるのかなと思い、病院で血液検査をしましたが異常なし、問題は身体なのか心なのか判別するためにメンタルクリニックへかかりました。

そこで先生に、「お母さん、やはりメンタルの方です。話を聞いていると、娘さんは考え方が白黒過ぎます。

もっとあいまいな回答があっても良いんですよ。親が言葉で完璧でなくてもよいと言っていても、子供は親の行動をよく見ていて完璧にしようとしてしまうものです。」と言われました。


確かに、私も夫も白黒志向の完璧主義な気がします。先生が両親を責めているわけではないと分かっていますが、どうしても、結局、娘を苦しませているのは自分だった、と感じ心が傷つきました。


それでも、前に勉強したチャイルドカウンセラーの知識を引っ張り出して、学校に行けないことを責めない、子供の気持ちを受け止めることを意識して焦らず落ち着いて対処してきました。


娘は当時、本当に苦しんでいました。学校に行けない自分自身を責めてしまうのです。

例えば、何か少し出来たことを私が褒めても「でも学校に行くという当たり前のことが出来なくてごめんなさい」と返ってきます。

学校に行けないことを私が責めたことなど一度も無いのにです。

 

それに、一方で妹は元気に学校へ行っていたので後ろめたさからか、妹への悪口も言っていました。
お腹が痛かったり気持ち悪いのは辛いですよね、なので、その症状が出るのを恐れてあまり食べなくなりました。
乗り物に酔うのも怖くて車にも電車にも乗りたがらなくなり、外に出ることがなくなりました。当然のようにとても痩せました。


 

そんな中でも仲の良い友達はずっと連絡をとってくれて、体調の良い土日は遊んでくれたりしました。変わらずに接してくれる友達に感謝の気持で一杯ですし、同時に友達関係が学校に行けない原因ではないのだなと思いました。
学校に行かない日は暇なのでゲームや動画を見て過ごします。しばらく見守ってきましたがこれではただの怠惰になってしまうと思い、娘にあるルールを作ろうと相談しました。


 

学校に行かなかった日は下校時刻まで電子デバイス(テレビ、スマホ、ゲーム、タブレット)は使わないようにしよう、というものです。好きなものを取り上げられて、反抗してくるかな、と身構えたのですが、娘はなぜか嬉しそうにとってもにこにこしながら「うん、守れるよ」と言って、その後は早速絵を描いて過ごしました。その時描いた絵は、ソファで私と娘が並んで笑顔で一緒に本を読んでいる姿でした。背景にキラキラも描かれていて本当に幸せそうで素敵な絵でした。

 

その頃娘は「ママとずっと一緒にいたい」とよく言っていて、「ママと一緒にいたいから学校に行かないんだよ」とも言っていました。私と過ごす時間を大切に思ってくれているんだなと感じたのですぐに職場に相談して在宅勤務や休暇の調整をしました。
昼間は私と一緒に勉強したり絵を描いて過ごしたり、テストを家で受けさせてくれたりという学校の協力も得て、次第に5限だけ、6限だけ、という部分登校が出来るようになりました。でも部分登校は送迎が必要で毎日違った時間で仕事を抜けないと行けないし忙しそうにしている私をみて「ママに迷惑をかけて私は悪い子だね」とまた自分を責めていました。

 


毎日、苦しんでいる娘のネガティブな言葉を心で泣きながら受け止め、送迎でバタバタしながら、娘には出来ないことを責めずに出来たことを褒めて、ただでさえ苦痛だった仕事も色々調整が必要でさらに思い通りにできず、夫の何気ない言動も全て私を責めているようにとらえてしまい、私は自分をどんどん追い込んでしまい、辛くて心の傷は増える一方でした。

 


自分の問題はいつも自分で解決してきたのに、今回は娘のことだからどうしたらいいか全然分からない。次に何を変えたら改善するのか分からない、苦しんでる娘を早く助けてあげたいのに!!どちらを向いてすすめばいいかも分からない真っ暗な迷路で途方にくれたような感じでいました。


 

このころの娘はネガティブ語録を多数生み出していましたが、実は名言も残しています。それが冒頭で紹介した「ママは私に自分を大事にしてって言うけど、ママは自分を大事にしていない。私はママが大好きだから、ママも自分を大事にして欲しい。」という言葉です。当時の私は、娘は自分が1番苦しいのに私のことまで心配してくれている。と感動していただけだったのですが、今となってはこの言葉は私の状況を的確に指摘していて、しかもその問題解決のための最高のアドバイスで、私の人生を変えるほどの愛情ある言葉であったと思っています。

もう次に何をしたらいいか分からなくて行き詰まっていた時、学校から配布されたととのえの講演会のチラシに「子供の問題はあなたの生き辛さにあるかもしれません」という言葉に答えがあるような気がして聴講しに行きました。

 


正直にいうと、講演を聞いただけでは、親がしてはいけない対応は知っている、私は子供への対応はちゃんと出来ている、と感じることばかりで、やはり何を変えたらいいかは分かりませんでした。

 

そんなもやもやした気持ちが消えないまま、その後のカウンセリングで話を聞いてもらいました。

そこでずっと誰にも言わずに諦めていた、本当にやりたいことについて初めて話せました。


私はずっと、悩んで前に進めなくなっている子供達を救いたい、心理カウンセラーや上手く生きるための考え方を伝える人になりたいと思っていました。

 

でも、そもそも自分の子供の問題も解決できていないし、カウンセラーになっても教えてくれる人がいないからスキルを磨けないし、収入が安定するかどうかも不明確だしと様々な理由をつけて諦めていました。
お母さんと子供達を救いたいというととのえの方針が私のやりたいことと同じで、ずっとやりたかったカウンセラーや心理学の勉強を始めてみよう、子供の問題とは別だけど、何か変えられるかもしれないと明るい気持ちを持つことが出来ました。

 

それまで、娘が、娘が、と娘のことばかり考えていたのに、この時は自分がどうしたいかを考えて、自分の目標を作って、新しいことを始めようと決めることが出来ました。自分に目標ができただけなのに、不思議と元気が出てきました。
あんなに続けなければいけないと思っていた仕事についても、仕事が生活に問題を生じているなら一度生活から切り離してみよう、それで解決できるならもう辞めてもいいじゃん、と思えるようになりました。

 

早速、会社に相談したところ、辞めなくて済むように仕事の量を減らしてもらって負担が減り私の気持ちはさらにすっきりしました。
すると、私の周りの状況が変わってきました。娘は部分登校を毎日続け、ずっと拒否していた学校イベントへの途中参加を私の付き添いありでチャレンジすることができ、無事に最後まで参加することが出来ました。
そのあと、今まで体調が悪くなるのが不安で避け続けていた給食の時間も学校で過ごせるようになり、次に集団登校は出来ないけど1限から行けるようになり、最終的には朝の集団登校から下校まで以前と変わらず学校へ行けるようになりました。<A4>

 

しばらくは、お腹が痛い時用、頭が痛い時用、不安な時用、といくつもの薬を持って学校に行っていましたがしばらくするとランドセルから薬をばらばらばらと出して、「私もう治ったからこれいらない」と言って薬を返してきました。学校に行っても体調が悪くなることが無くなったようでした。
母である私が元気になったことで、結果として娘の不登校も解決してしまいました。

カウンセラー養成講座で勉強していくうちに、このときの我が家は『機能不全家族』『両親の~べき思考による価値観の押し付け/完璧主義』が問題だったと気づきました。

機能不全家族とは、家族全体が影響しあって問題があり正常に機能していない家族のことをいいます。

具体的には、家族であるのに感情を率直に表現できないようなコミュニケーションの問題があったり、親と子の境界線がないなど、原因や状況は様々ですがどれも子供への心理的負担は大きくなります。

 

~べき思考とは、認知の歪み10のパターンのうちの1つで「当然~すべきだ」と思い込み、自分の基準が正しいとする思考のことです。「。我が家の場合、父である夫は娘に「将来のために勉強したほうが良い」といい、「習い事をしないのであれば土日は勉強すること」として勉強させたり、早く起きるのが好きだった娘に「早く起きたならお母さんの手伝いなどしたら?」といい洗濯物の取り込みをお願いしたり、娘にとってはやりたくないことをやらせていました。

 

一方、母である私は完璧主義のため、仕事も家事も育児も自分の力が及ぶ限り完全に対応しようとし、行き届かないところはその改善から取り組もうとしてしまって、しかも常に自分より子供優先のため、自己犠牲的で精神的にすごく疲れやすい生き方をしていました。また、夫の~してという指示が本当に嫌で、反発するか、怒りを抑え込んでむすっと対応するかのどちらかをしており、時々夫婦間でぴりつくときもありました。

このような両親と共に生活することで、娘は父から正しさを押し付けられ、両親の価値観の相違による緊張感と母である私の疲弊を感じ取り、、ママを助けよう、ママを守らないと、と自分のことはさておき正常な家族へ修正することに必死になっていたのです。

そのような子供はトリックスターという役割を担って行動を起こすといわれています。

トリックスターは心理学において重要な役割で、上手くいっていない現状をいたずらやハプニングあるいは“問題”という形でかき乱して破壊し、家族へ強烈なメッセージを届けることで“変化”を起こし、新しいステージへと導く存在です。

トリックスターのすごいところは、強制的に人を動かすという能力を持っているところです。

私の娘も体調不良・不登校という行動をとることによって、“このままじゃダメだよ!”と心の叫びを家族に訴えていたのだと思います。

こうして私はこの心理学を学んで3つの事に気づき、手に入れる事が出来ました。


 

①今までの私は自分軸がありませんでした。

娘のため、家族のためと言いながら常に我慢をしてきて、本当にやりたいことはいつもあきらめて、自分は犠牲になっていいからとやりたくないことを無理に続けて耐えればいいと思っていました。

しかも、頼まれると断れなくて家だけでなく職場でも同様に自分を犠牲にしていました。

 

講座で、あなたの甘えの要求を満たすコップにお水はどのくらいありますか?と問われた時、ようやく気づきました。

あぁ、私のコップには水がほとんどない。


自分の、分かってもらいたい、認めてもらいたい、私はこうしたい、という思いをすべて我慢して、自分のコップの水を他の人のコップに注いでいたからです。


 

まずは自分のコップの水を満たし、溢れた水で他の人のコップに水を注いであげましょうね、と教えてもらいました。


母として背負い過ぎていた自分に気づき、追いつめていた自分から解放されて元気を取り戻しました。自分はどうしたいのか、やりたいのかやりたくないのか、自分の要望を軸にして考える自分軸を持つことができました。


②子供達だけは幸せになって欲しいと願うばかりでしたが、自分の幸せをあきらめていたので子供達がどうすれば幸せになれるか分かっていませんでした。

今は、まずは自分が幸せに生きて、こんなふうに過ごすといいよ、と背中で示そうと思えるようになりました。


 


③諦めていた自分のやりたいことを目指すことが出来ました。

家族に講座の受講や心理カウンセラー/講座講師になりたいことを相談すると、子供達も夫も思っていた以上に協力的で驚きました。

もっと家族に頼っても良いのだと感じました。また、私は売上や評価のためじゃなく自分の信念に基づいて行動したい。

そもそも会社員が向いてなかったのだと気づきました。自分の行動を自分で決めて生きることが私には必要でした。そして、志に向かって生きている今はすごく楽しいです。

最後に、、、


 

はじめ、ととのえの実践心理学講座を知った時、心理学は学問だから基礎心理学と応用心理学があって、さらに社会心理学とか臨床心理学とか色々分野があるけど、いったいどの部分を学んで今の状況が良くなるんだろう?と半信半疑というかほぼ疑いでした。

しかも、悩みの解決って悩みのタネがきれいさっぱりなくなることの1つだけだ、とも思っていました。だからそのタネを排除する方法だけを求めて迷路に迷い込むのですよね。

 


ととのえの実践心理学講座の心理学は、学問というよりは、社会の中で人とのコミュニケーションが必須の全人類にとって必要な知識であり、特にお母さんが知っておいた方がいい心構えが学べます。

私の場合はコップの水の話がそうでした。
さらに、悩みの解決方法は複数あること、これを学ぶことができました。

問題としっかり向き合い、どうしてイライラモヤモヤしてしまうのかを考え、どこをどのように変えたらどこがどのように良くなるのか、色々な視点から解決策を考えられるようになりました。



 

娘が苦しんでいる間、私も本当に辛かったです。

学校に行けるようになった後、娘に「前と比べて何が良くなったのかな?」と聞いてみましたが、「分からない。けど学校に行っても具合悪くならなくなった!」と言っていました。

娘の本当の気持ちは分からないままですが、でも今は娘が私に自分を見つめ直す機会をくれたのだと思い、感謝しています。

 


子供ながら大切な母を憂い、身体を張って伝えてくれた娘を誇りに思いますしその健気さをとても愛おしく感じます。

おかげで、他の人にだけ優しかった私は自分にも優しく出来るようになり、新しいことを学び成長する未来を楽しみに生きることが出来ています。



 

子供の不登校には様々な理由があり、私の例はほんの1事例に過ぎないと思います。

でも、私の娘と同じように、お母さんや家族に自分を見つめ直して!と合図を発している子がいるかもしれません。

同じような悩みを抱えている方にとって私の経験が参考になればとても嬉しいです。

そして、自分の見つめ直し方が分からない、何を変えたらいいか分からない、という方は私と同じように実践心理学講座を受講して、新たな視点や知識を習得することが、自分を変えるための一歩になると思います。


 


以上で私の発表を終わります。最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。